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聴くだけではわからない
選手・チームの好不調

　日本は世界一まとまりの良い国ではないでしょうか。この原稿を書いているのは６月20日ですが、今や老若男女、猫も杓子も奴がれもサッカー・ワールドカップで一喜一憂。日本戦が行われる朝は、テレビのライブ放送権を得た局はもちろん、他局も関連報道一色。こんな国、他にあるでしょうか。もっとも、これはテレビを視ていての実感で、僕の周りには無関心の人、ニュースをちらりと見る程度の人が何人かいます。してみると、メディアの作り出す偽現実と世の中の実像とは異なるのかもしれません。
　さて、日本は２戦終わった時点で予選敗退は決定的。なのにテレビは「まだ可能性が無くなったわけではない。コロンビアには勝とう」と空しく叫んでいます。本当はコートジボワールに負けた瞬間に敗退が決まったようなもの。日本がコロンビアに、ギリシャがコートジボワールに勝つ確率はゼロに近いからです。テレビも視聴者も見え透いた嘘を共有して空騒ぎを楽しんでいるわけで、僕も含めて誰も迷惑していないのだから、これはこれで良しとしましょう。要するに遊びなのです。
　15年戦争の頃の虚構と《ワールドカップ遊び》とを重ね合わせて考えることが妥当かどうかは意見の分かれるところですが、あの頃、ミッドウェーでの敗戦を契機に日本の敗色は濃厚になったのに、ドイツとイタリアの降伏後も、本土が空襲されてさえ「敗戦」は禁句。サッカーのテレビ報道と同じです。ただ違うのは、戦時下の日本人が一部の人々を除いて政府の方針や大本営の発表を信じていたのに反し、現代人の多くはテレビの嘘を見抜いているであろうという点。この知性さえあれば、たとえ憲法が改定されても、されなくても、戦争が繰り返されることは無いでしょう。
　と、一まず自らを納得させたうえで、僕はワールドカップ後半戦も楽しむつもりです。そこで重要なのは予選の組分けや対戦カードです。これまでは分からなくて不便だったので、今大会は組分けをテレビで聞きながら点字でメモをしました。だから、事前に好カードを僕なりに選んだり、素人予想をしながら楽しめます。新聞やテレビのテロップを読める人にはなんでもないことですが、全盲の我々は誰かに教えてもらうか、インターネットで調べるか、僕みたいにテレビを聴きながらメモするか、とにかく一工夫が必要になります。余談ですが、プロ野球については「選手名鑑」が点字で出版されていて、僕はこれで対戦カードを確認したり、知らない選手の略歴を調べたりしています。これもパソコンを使えば良さそうなものですが、点字の本なら１、２分で検索できて、まことに便利。パソコンは最大限活用するとしても、やはり文字、本は永久に不滅です。
　閑話休題。僕がサッカーを楽しむうえで致命的な障害は「聴くだけでは分かりにくい」ということ。あなたも試しに５分間眼を閉じてサッカーの放送を聴いてみてください。もちろん自称（失礼）サッカー通の全盲者もいます。また発展途上国の民衆はラジオでサッカーを楽しんでいるかもしれません。僕もそれなりに楽しんではいます。ただ、今回悔しく感じたのは、選手個々やチームの好不調、出来不出来が判断できないことです。たぶん中心選手である本田や香川は不調、不出来だったのでしょう。彼らは超一流クラブに入ったものの、最近は干されてしまい、それも災いしたらしいです。しかし野球のようにホームランとか三振とか結果が出ないので、解説者の言葉を信じるしかありません。ところが誰も「本田は不出来だ」とは直言しない、見えない僕には困ったことです。
　ともあれ、僕なりの仕方で楽しみます。優勝はブラジル？　もし負けたら暴動になるかもしれませんね。